離婚調停で復縁、不成立後に話し合いをした事例

離婚調停不成立後に夫婦が復縁への話し合い

離婚調停不成立の後に相手弁護士との協議で復縁の話し合い、両家の和解への謝罪や説得できた夫婦の事例

調停が不成立でも両者の歩み寄りで和解できる可能性があります。調停の不成立前に調停委員に意思伝達などを相談をされて下さい、誠意ある謝罪と誓いで夫婦が関係を修復できる可能性があるケースもございます。

※当方では法律や係争の言い分等に関するアドバイスは法令順守のため一切いたしておりません。

手をつないで

離婚をせずに夫婦関係を修復するために言い分を聞いて気持ちを理解

如何に上手な弁解をしても取り繕いと思い込ませていては平行線のままです。 離婚調停不成立後、離婚に応じたくない理由を伝え、誠実に向き合う、話す意欲が必要になります。 調停不成立後に対話に向けて気持ちをわかろうとする愛情が必要です。妻が別居後に離婚調停を申し立てた、家庭裁判所からの通知、申立書の嘘や誇張に動揺しない冷静さが大事です。

抗議などのつもりでメール、line、電話での直接の連絡はマナー違反です。調停当日にルールに従って伝えるか、法律の専門家である弁護士さんを擁立いただくことが最善です。

離婚調停でお互いの主張が平行線で不成立、調停委員に譲れないと主張する妻と困惑する夫、財産分与や慰謝料の話しで拗れてしまう、調停で謝罪を聞き入れない妻、別居から離婚調停不成立後の夫婦の和解、両家の和解、正直な誓いなど3つの法則で成功、離婚調停不成立後に話し合えた場合の注意事項

1:事実ではない弁解、言い訳をせず嘘は言わない。重複発言はしない。禁句は「でも、しかし、そうじゃなくて、だと思う、だと思った」

2:大切な話しの最中に、舌打ちをしない、感情的に発言しない、貧乏ゆすりをしない等

3:離婚届を書きますなどの揺れた例え話をしないなど言い分を変えない。

4:実行できない約束はしない。

lineで伝える

復縁前提で離婚調停不成立へ

調停不成立後の話し合い、対話の過程が随時把握でき、離婚裁判になる問題に直面されているあなたをサポートいたします。円満調停不成立後の夫婦の復縁ができる可能性は?

夫婦として離婚調停の不成立を経てやり直すための注意事項

1:話し合う意欲=問題から逃げない、避けない、放置しない。嘘は言わず正直に和解同居を前提で向き合う意欲を示すこと。

2:非の自覚=なぜ離婚話が調停でも平行線になってしまったのかを冷静に考え、自身の非、相手の非、相手の気持ちを考えること。

3:協調と尊重=復縁は人の輪、離婚調停不成立について当事者同士で問題について話し合う必要があります。

相談の手順

別居された妻との離婚調停不成立後の復縁事例

依頼者:Mさん33歳※着手当時(男性)

結婚1年8ヶ月目の妻(着手当時32歳)子供あり(着手時生後2カ月)

別居後の弁護士の擁立、離婚調停不成立から関係修復を希望。

修復期間:1年1ヶ月

難易度: F(相談時は対話が難しい状態)

離婚・円満調停不成立後の話し合いについて悩まれている方に勇気を与えられるのであればとのことで、この離婚調停が不成立になられてから別居解消の交渉に成功のエピソードを事例紹介に掲載いたします。

待てます

Mさんはきちんとした会社にお勤めされ収入は安定されている。几帳面で真面目な性格で家庭では 無口で温厚に暮らされていたそうである。3年程前に妻のS子さんと共通の知人(男性)を通じて知り合われ、1年の交際を経て挙式・入籍をされた。同居をされて10カ月くらいが経過した頃に奥様のご懐妊が判明。体調を理由に義母の意見で実家に戻られた。土日など様子が気になり住まいから電車で30分程度の距離の実家を訪問されていたそうであるが、気分が重くなるから来ないで欲しいと言い出されてしまい、出産まで実家への訪問を控えていたそうである。2か月前に無事に出産をされるが、義母から突然に電話ですぐに同意を求められたそうである。慌ててすぐに実家を訪問されるが義父母の激しい言葉で追い返されたそうである。その後、電話やメールで会いたいことを伝えるが返答が得られない状態に。育児の不安などのストレスが原因か、別々に暮らしていた時期にあまり連絡ができない状態が理由なのか言ってもらえず、まったくわからない状態であったため、相当に義母に連絡をされたそうであるが返答すらしてもらえなくなってしまったそうである。義父母の異常な拒絶の態度や完全無視の状態に困り果て奥様と共通の知人に相談をされ、共通の知人に危機を伝えて仲裁をお願いされたそうであるが、言い分としては「彼とはベクトルが合わない」という言い方をされ性格の不一致を理由に別居をしたのだから離婚以外の選択がないと言われてしまう。離婚の要求に応じてくれないなら子供のためにも弁護士に頼んで離婚調停をしてでも別れたいと言われる。当方に別居後の離婚調停からの和解についてメールで相談。14項目のチェックシートと心の温度差、離婚調停を見据えて40項目のシートにお答えいただき奥様の心理を分析を提示。分析結果を提示したが思い当たる要求理由に至るような性格の不一致などの問題は感じていなかったとの返答。実家から戻りたくないと感じた理由は、日常的会話でも相手に「NO」を言わせない主導権の問題や妻の気持ちをわかろうとしない接し方に不満を感じさせていたことが判明したのである。悪阻以前に一緒に生活をすることが堅苦しく苦痛と感じていたり、扶養していることを恩着せ発言を無意識にされていたり、奥様の気持ちの確認をしない振る舞いに不満を感じさせていたのである。悪阻が始まってからもその態度が変わらず、奥様が義母に相談をされ、帰ってくるように進言されたことが別居のきっかけとなり、そのまま実家に滞在されていて決意に至られたと分析する。義父母の対話拒否の様子から先々で調停や裁判も起きて不安が大きいことを伝え、調停、係争で不利にならないよう子供、妻への誠意としてきちんと最低限の生活費を送金する意思をメールで伝えるよう指示をする。生活費についての連絡メールに返答が得られない。義母に電話で 生活費を送金を伝えるが、いつ離婚に応じるのか、財産分与をして欲しい、応じないなら離婚調停を起こす。復縁はない、弁護士に頼んで家庭裁判所に申立書を出してもらう、離婚できるように解決してもらう考えであるということを言われてしまう。非の自覚課題などは有料相談移行(着手)後でなければ提示も分析もできないことをお伝えする。着手については奥様と直接会って話してから考えたい意向であった。その後も奥様に対して通話での対話やお子さんに会わせて欲しいお願いや帰宅の呼びかけなどを継続いただくが無視の状態のまま、一方的な連絡を継続されてしまい1ヶ月が経過する。(分析にて過度に執拗な連絡は悪化することは提示し、注意事項としてしつこく連絡をしないよう伝えていた)あまりに返答をしないなど上から目線の厳しい内容のメールをされたようで、ようやくそのメールに対しての反論の返答がある。反論に激昂されたMさんが義母にクレームのような電話を入れてしまわれたようで、面会を迫られたという嫌悪感を与えて数日後に義父が弁護士を擁立し、弁護士から受任の連絡が来てしまう。奥様側から家庭裁判所に調停を申し立てられ係争、調停に至る。

当方は心理学の観点から相手の気持ちを分析しアドバイスを行っているが法律的なアドバイスが法律で禁止されているため、調停に際しての心構え(絶対に決め付けで発言をしたり嘘を言わない、謝罪については手紙やメールなどの文章で安易に思い当る非を列挙しない、先々で覆すことになる約束・発言は控え、できない約束を控え、義父母を批難する発言や憶測や思い込みでの発言は控えるなど離婚調停からの復縁のセオリー)を提示し、調停の期間を見据えて当方との相談を一旦終了する。

相談の終了から7カ月が経過して調停が不成立になりましたとの連絡をいただく。調停の結果としては調停委員の判断で両者の言い分が平行線のまま生活費のことだけを決めて不成立で終られたそうである。奥様の様子や奥様の弁護士の言い分から相当に応じてあげるよう説得もされたそうである。奥様側が裁判を申立てるか、本人同士で良く話し合うようにと調停員から言われたそうである。調停での奥様側の言い分は、性格が合わない、一緒に暮らせない、話すことも苦痛。責めるような発言、恩着せ発言の多さ、決め付けで押し付けてくる傲慢さ、気持ちをわかろうとしてくれない性格などが合わないと言われてしまったそうである。同居をしてすぐに性格が合わずに困ったと感じていたが懐妊をしてからの思いやりのない生活態度に同居が無理と感じて実家に戻ったとの主張をされてしまったそうである。妻への家族としての想い入れ、説得のための言葉、理由説明についての課題に取り組んでいただく。その説明をきちんとメモにまとめ、調停で言われた当人同士の話し合いをしたいことを相手側の弁護士に伝え、同席での話し合いを打診されるが、先方の事務所で弁護士との話し合いのみとなってしまう。その際に話もされたが聞き入れてもらえず、弁護士は裁判の準備を進めるとの言い分であった。共通の知人に相談をされ、義父と話していただき、考えや奥様・お子さんの近況など情報の収集をお願いする。裁判をしてでも離婚がしたい、仲裁 など他人から口出しされたくない、そういう話なら連絡をしないで欲しいなど、知人に仲裁をしないようら強く言われてしまったそうである。知人とのやり取りからすぐに義父から電話があり、他人に仲裁をお願いしないで欲しいなど強いクレームを言われてしまう。以降、携帯に話し合いたいことや誤解もあることなど会って話したいという内容でメールを入れても返答が得られず、義父に電話を入れても留守電に切り替わらないという状態で過度な連絡は控えたが3回づつ試み、3週間が経過してしまう。数日を置いて誤解を説明するためにMさんの母親から義父に両家で話し合いがしたい、孫のことも心配であるし一度も会っていないことについて、会わせて欲しい、そちらを訪問したいという内容で電話を入れていただく。母親が実家を訪問し義父母との面会が実現するが、話し合いにならず裁判をしてでも離婚をさせるという言い分が変わらないまま平行線となる。S子さんの言い分について調停での言い分の経緯報告レポートを通じて作成したマニュアルを基に再度、義父に電話を入れていただき、義父に今後について話し合いたいということを伝えるが、義父の答えは「娘(奥様)が相当に嫌悪感を持っている、先に離婚届にサインしてもらい離婚をしてからでなければもう話し合うつもりはない。すぐにでも裁判をするか、2年くらい完全に無視をして婚姻破綻を認めてもらうようにしてもいいと思っている」や「もう娘にメールは送らないで欲しい」など、言い分で謝罪などを聞き入れず、放棄の発言に至る。1か月の静観(冷却期間)を置く。1カ月が経過したが裁判に移行する動きがなく、1カ月の静観を指示する。最後のやり取りから2か月が経過し、近況を尋ねるメールを入れていただく。何通か普通の日常のやり取りができたが、そのやり取りから会って話がしたいことを伝えると、面会や対話の申し入れについて「別れに承諾する話以外は聞きません、まずは応じて私を自由にして下さい」とメール返答が来てしまう。そのやり取りが原因で義父から電話があり、今すぐに離婚に応じてくれる約束をするまで話し合う つもりはない、絶対に話も聞きたくない、娘にも子供にも絶対に会わせない、と連絡をすることに対して強い拒否をされてしまう。課題を通じて考えたことを、引き留めている理由と今後、奥様に誓えることなど調停からの和解マニュアルにまとめ義父に対話を申し入れ、話し合いは実現するが、謝罪提案を聞き入れてもらえず合意についての催促をされてしまう状態となる。その後、何度かメールをされたが、内容について返答は得られず、義父からのクレームの電話も来なくなってしまう。1カ月が経過して、再度電話で応じたくない、別居までの経緯説明と謝罪について義父 に伝え面会を求める。義父と今後について話し合う。この際に義父の言い分を整理し、義父の考えが過保護であること、奥様の言い分に偏りが強いこと、この問題について誤解をしている点についてきちんと伝えていただくが、義父の要望はすぐに応じてあげて欲しいということであった。この際に義父が、裁判が難しいと弁護士に言われ、このまま破たんと認められるくらいの時間をこのままの状態にして我慢するか、説得してすぐに応じてもらうかのどちらかの考えであると言われてしまう。義父と今後について奥様の言い分や気持ちを考慮して良い方向に解決したい意思について話しをしていただき、裁判移行に向けて破たんを認めてもらうための対話放棄(無視のまま継続維持)の考えについて引き留めをしていただく。義父とのやり取り内容の分析結果から義父母との通話のマニュアルを作成し、人として誠実に夫婦がやり直せる可能性を示すために何度か義父、義母との通話をしていただき、本人を交えた話し合いについて打診をする。義母から何度か話し合い同席について説得をしていただくが、面会拒否の回答となってしまう。その後、義父からも話し合っていただくが、義父から説得をしていたが相当に嫌がっていて難しいとの回答に至る。義父からお互いの将来のために応じてはどうだろうか、残念だが相当に性格が合わないのだと思う、時間が長くなれば長くなるだけこじれている、との厳しい回答をを受けてしまう。1ヶ月くらいの静観を指示する。話し合い申し入れについて、何度かその後も電話で伝えるが、まったく聞き入れてもらえな い状態のままとなる。通話をされた直後に義父からの電話があり、義父と会われ話し合う。その際に対話マニュアルを厳守で話していただく。来年の4月の末まで待って奥様が同居したい気持ちにならなければ応じたいという考えを明言していただく。合意まで6カ月の猶予はもらえたが奥様との面会は拒まれてしまう。その話し合いから再度1ヶ月の冷却の期間を指示する。冷却の期間も奥様への週に1回のメールでの近況報告、裁判という選択が消 えたことにより今まで控えていた謝罪の言葉なども記載され、メールで帰宅交渉に言及した文面の送信を継続する。3週間程度が経過した時に送信した謝罪と誓いのメールに奥様から返答があり、実家での義父母同席での面会対話が通話が実現する。同居交渉をされるが、性格的に冷たい面が今後の不安という言い方で激しく感情を乱させてしまう。交際の承諾も結婚のことも強引で考える猶予もくれず押し切られたjことが悔しい、暮らしてみて性格が合わないと毎日感じて不愉快だったと言われてしまう。対話の内容を検討し、不安・不満についての発言から安心の伝達など対話に向けての対話マニュアル作成の作業を行う。マニュアルを基にS子さんと向き合っていただく。義父母との近況の伝達と平行し、通話と メール伝達を行うことなる。奥様側が自己正当化や放棄の気持ちから交換条件に承諾を言って来ても、籍は抜かないよう指示をする。面会打診継続から2か月が経過した時期に奥様との面会対話が実現。面会で一度籍を抜いてくれたら時々子供を連れて会ってもいい、という言い方の書類提出についての提案をされてしまう。しかし言い分の様子、聞く姿勢の回復など先々の解決の糸口が見える。その後、メールのやり取りは継続でき、数回、話し合う機会は実現する。そのような状態が1ヶ月程度続く。2か月後、奥様の提案で義父母同席での会食が実現する。それをきっかけに義父母を交えての話し合いとなる。今後は、調停でのことは気にせず当面様子を見ながら同居を再開する方向での話しとなる。3週間後、日常の通話から会食での面会に至られ説得が聞き入れられて再同居に承諾の返答を得られ、当面は週末に住まいに日帰りで遊びに寄るという話から会われていたが、1か月後に引っ越しが実現し、再同居をされる。当面 は義父母との連絡は必要な状態ではあるが同居が再開となり、無事に和解をされる。

家族で暮らす

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