夫婦の復縁成功事例

依頼者
Nさん(37歳)
お相手
S子さん(30代)
結婚生活
結婚2年目
相談内容
妻との離婚を回避したい
復縁難易度
難易度: E(話し合いが困難)
修復期間
1年7ヶ月

離婚調停まで進んだ夫婦が再同居できた事例|妻の本音を理解するまで

別居が始まり、さらに離婚調停まで申し立てられると、「もう夫婦に戻ることはできない」と考えてしまう方もいます。

今回ご紹介するのは、離婚調停まで進んだものの、別居に至った背景を見直し、奥様が抱えていた苦しさを理解することで、再び家族として暮らすようになったご夫婦の事例です。

Nさんは当初、

「突然別居された」

「なぜ妻が離婚したいのか分からない」

と考えていました。

しかし、結婚生活と別居までの経緯を一つずつ振り返ると、ご主人が問題だと思っていたことと、奥様が苦しんでいたことには大きな違いがありました。

夫婦関係が変わり始めたのは、奥様を説得することをやめ、「妻はなぜ家に戻れなかったのか」と考えるようになってからでした。

妻が子どもを連れて実家へ戻った理由

Nさんは再婚で、前婚のお子さんへの養育費を支払いながら、新しい家庭を築いていました。

奥様とは職場で知り合い、結婚当初は穏やかな生活を送っていました。

その後、お子さんが誕生します。

出産を境に家庭の状況は大きく変わりました。

育児にかかる負担が増え、奥様が実家へ帰ることも少しずつ増えていきます。

休日も別々に過ごすことが多くなり、家計や育児について話し合おうとしても、最後まで話し合えないまま終わることが増えていました。

そして、生活費について話し合った翌日、奥様はお子さんを連れて実家へ戻ります。

Nさんには、前触れなく妻と子どもが家を出ていったように感じられました。

しかし後から振り返ると、奥様はその時点ですでにかなり疲れた状態にあり、夫婦生活を続けることに不安を抱えていたことが分かりました。

離婚調停を申し立てた妻が抱えていたもの

別居後、奥様は離婚調停を申し立てました。

調停では、

「もう一緒に暮らす気持ちはありません」

という意思を示し、夫婦関係を戻すことには消極的でした。

Nさんにとっては、この言葉が非常に大きなものでした。

「妻の気持ちは完全に離れてしまった」

と受け止めていたからです。

しかし、ご相談の中で別居に至るまでの出来事を振り返ると、奥様が抱えていたものは、夫への不満だけではありませんでした。

初めての育児による負担。

自分一人で抱え込んでしまった孤独。

実家に帰ると安心できるという感覚。

夫に話を聞いてもらいたいのに、うまく伝えられなかった苦しさ。

こうしたものが重なり、

「このまま家に戻っても、また同じことになるのではないか」

という不安につながっていました。

「妻が離婚したい理由」を夫側からだけ考えていた

Nさんは当初、

「生活費のことで話し合っただけなのに、なぜ離婚になるのか」

という疑問を持っていました。

ご主人から見れば、生活費について話し合うこと自体は夫婦として当然のことです。

しかし、奥様にとっては、その話し合いだけが問題だったわけではありませんでした。

育児が始まってからの生活。

一人で子育てをしているように感じていた時間。

夫に分かってもらえないという気持ち。

そうした積み重ねがあったからこそ、生活費の話し合いが最後のきっかけになったと考えられます。

Nさんがこの違いに気付き始めたことで、奥様への接し方も変わっていきました。

一度は同居しても、妻は再び実家へ戻った

この事例では、調停が進んでいる途中で一度同居を再開しています。

ところが、夫婦の問題が解消されたわけではありませんでした。

奥様は再び実家へ戻ります。

Nさんにとっては、

「一度家に戻ってくれたのだから、もう大丈夫だと思っていた」

という気持ちもありました。

しかし、奥様の側にはまだ、

「また以前の生活に戻ってしまうのではないか」

という不安が残っていました。

ここでNさんが、妻を家に戻すことだけを考えていたら、夫婦関係はさらに悪化していた可能性があります。

そこで、

「どうすれば妻が戻ってくれるのか」

ではなく、

「妻はなぜ戻ることができなかったのか」

という視点から結婚生活を見直していきました。

別居中に夫が変えたのは、妻への接し方だった

Nさんには、奥様を説得することよりも、ご自身の接し方を見直していただきました。

夫婦の話し合いで自分の考えを押し通さないこと。

奥様の発言にすぐ反論しないこと。

「自分は悪くない」と説明するより、まず妻の話を聞くこと。

離婚を考えている奥様に、すぐに結論を求めないこと。

以前のNさんは、

「自分はこう考えている」

ということを奥様に分かってもらおうとしていました。

しかし、次第に、

「妻は何を感じていたのだろう」

と考えられるようになっていきます。

この変化は、夫婦関係を見直すうえで大きなものでした。

妻が初めて育児の苦しさを話した

しばらくして、義母を交えた話し合いが行われました。

そこで奥様は、それまでNさんに十分伝えられなかった気持ちを話します。

子どもが生まれてから育児が想像以上につらかったこと。

一人で抱え込んでしまったこと。

誰かに話を聞いてほしかったこと。

実家に帰ることで、ようやく安心できたこと。

Nさんは途中で反論せず、奥様の話を最後まで聞きました。

以前であれば、

「自分だって頑張っていた」

「そんなつもりではなかった」

と説明したくなる場面でした。

しかし、この時は自分の事情を説明するよりも、奥様が話している内容を受け止めることを優先しました。

奥様にとっては、「ようやく自分の苦しさを話せた」と感じられる時間になりました。

妻と子どもと過ごす時間を少しずつ取り戻した

話し合いの後、すぐに夫婦としての生活を戻そうとはしませんでした。

まずは、子どもを交えて会う時間を増やしていきます。

一緒に食事をする。

子どもと過ごす。

家族として自然な時間を過ごす。

夫婦としての結論を急がず、こうした時間を重ねました。

Nさんも、会うたびに離婚の話を持ち出したり、奥様に戻ってきてほしいと繰り返し求めたりすることは控えました。

以前とは違う距離感で接することで、奥様も少しずつ警戒しなくなっていきます。

夫婦として話すことが難しかった時期から、家族として自然に過ごせる時間が戻っていきました。

離婚調停中の夫婦に、少しずつ会話が戻った

それまでの奥様は、Nさんとの連絡や話し合いそのものに強い抵抗を示していました。

しかし、Nさんの接し方が変わるにつれて、少しずつ会話が増えていきました。

子どもの近況を話す。

日常の出来事を伝える。

一緒に食事をする。

こうした何気ないやり取りを重ねる中で、夫婦の間にあった緊張が少しずつ和らいでいきました。

この段階でも、Nさんは「もう一度夫婦に戻ろう」と急がず、奥様が安心して話せる状態を優先しました。

妻から「もう一度家族としてやってみよう」と言われた

その後も家族で過ごす時間を重ねる中で、奥様から、

「もう一度家族としてやってみよう」

という言葉が伝えられます。

それまで離婚を求めていた奥様自身から、今後の家族生活について考える言葉が出るようになったのです。

その後、離婚調停は終了し、離婚手続きは取り下げられました。

現在は再び同居を始め、ご家族として生活されています。

この事例で夫婦関係が変わった理由

このご夫婦の場合、別居後に何か特別な言葉を伝えたことで関係が戻ったわけではありません。

大きかったのは、Nさんが奥様の態度だけを見るのではなく、別居に至るまでの妻の生活と気持ちを理解しようとしたことでした。

Nさんからすると、

「突然実家へ帰った」

という出来事でした。

しかし奥様の側では、育児の負担や孤独感、夫に理解してもらえないという思いが積み重なっていました。

その違いに気付かないまま、

「なぜ離婚したいの?」

と尋ね続けても、奥様は自分の気持ちを話せなかったかもしれません。

Nさんが変えたのは、奥様を説得する方法ではなく、奥様の話を受け止める姿勢でした。

離婚調停まで進んだ後でも、夫婦の関係が変わることはある

離婚調停を申し立てられた場合、相手の意思が強く見えることがあります。

このご夫婦も、調停では奥様が離婚の意思を示していました。

一度は同居したものの、再び実家へ戻るという経過もありました。

それでも、別居までの経緯を振り返り、夫婦の間で何が起きていたのかを見直すことで、少しずつ関係が変わっていきました。

離婚調停まで進んだ夫婦だからといって、必ず離婚になるとは限りません。

一方で、調停中だからといって相手を説得し続ければよいわけでもありません。

相手が何を理由に離婚を考えたのか。

別居までにどのような出来事が重なっていたのか。

自分では問題だと思っていなかったことを、相手はどう感じていたのか。

こうした点を振り返ることで、これまで見えていなかった夫婦関係の問題が見えてくることがあります。

この事例では、そこからNさん自身の接し方が変わり、奥様が再び夫と話せるようになりました。

最終的には、離婚調停を終え、家族として再び暮らすところまで関係を修復されています。

離婚調停まで進んだからといって、夫婦の関係が必ずそこで終わるわけではありません。

ただし、相手を戻そうとする前に、なぜ相手が家を出るほど苦しくなったのかを理解することが、このご夫婦の場合には大きな意味を持ちました。